ヴィクター・ニーダーホッファー
ハーバード大学で学士号を取得、シカゴ大学で博士号を取得。1967年から1972年までの5年間、カリフォルニア大学バークレー校にて教授を務めた。1965年、学生であった彼は友人のフランク・クロスと共に、非上場企業を買収し上場企業に売却する目的での投資銀行を共同設立した。
1980年には投資ファンドを設立しパフォーマンス的にも成功を収めると、それがジョージ・ソロスの目に留まり、ソロスのファンドのパートナーとして招かれた。ビクターは1982年から1990年までソロスのファンドに在籍したが、ソロスはビクターのことを「相場で勝ち続けながらも(ソロスの元を)自ら去った、唯一のファンドマネージャー」と高く評価しており、自分の息子を彼の元でトレーディングを学ばせた程である。
その後1996年までビクターは高いパフォーマンスを続け、世界一の投資家と称えられたが、1997年のアジア通貨危機で大敗し、彼のファンドも破綻に追い込まれた。このときの彼は、同年10月27日の株価の大暴落が大衆を巻き込んだヒステリックなもので翌日には大きく反発すると予想し、買いポジションを持った。しかし取引額が大きかったので5000万ドルの追証が発生。その金額を集めることが出来なかったために、翌朝の寄り付きには多額の含み損が強制決済された。そしてその1時間後の午前10時には、ビクターの読みどおり株価は大きく反発、暴騰をはじめた。
破産したビクターは翌1998年、私財を売却し、自宅を担保にして手に入れた資金を元手に再度ファンドを設立。その後は年率40%以上のパフォーマンスを残し続け、見事復活を果たしている。